トップ 追記

準備待想

2016|10|11|12|
2017|01|02|04|
2018|01|02|

2018-02-06 引用集01

はじめに

この記事は今後移転する可能性が高いことをお断りしておく。また、通知することなく、内容を増加・変更することがある。さらにまた「強調」に関してであるが、原文での様式を忠実に再現することを全く保証しない。たとえば太字・傍点・下線等の様式が忠実に再現されることは保証しない。

木村朗・高橋博子『核の戦後史:Q&Aで学ぶ原爆・原発・被ばくの真実』

amazon

p209-211。

一口にがんと言っても、いろいろな種類のがんがありますが、問題になるのは、死に至るほど重篤ながんです。そこで一般には、発がんのリスクではなく、生涯にわたってがんで死亡するリスク(生涯がん死亡リスク)を考えます。このリスクが上がるのは、一〇〇ミリシーベルト以上の被ばくからというのが日本政府の公式見解でもあります。

文科省が二〇一一年十月に刊行した、小中高の生徒向け冊子『放射線等に関する副読本』には次のように記されています。

一度に多量の放射線を受けると人体にがんなどの症状が現れることは分かっているが、子どもも含め一度に100ミリシーベルト以下の放射線を受けた場合に放射線が原因と考えられるがん死亡が増えるという明確な証拠はない。

このように、一〇〇ミリシーベルトの被ばくが、生涯がん死亡リスクを考える際の基準になっているわけです。それでは、この一〇〇ミリシーベルトという数字はいったいどこから出てきたのでしょうか。

結論を述べますと、その起源は、アメリカ原子力委員会、原爆傷害調査委員会(ABCC)とその後継機関である放射線影響研究所(放影研)による、広島、長崎の調査にあります。

p228-229。

ここまで、現在の国際的な放射線防護基準の基礎となる、広島、長崎の被爆者の健康調査(LSS)と、線量推定システムという二つの指標の問題について見てきました。

二つの指標それぞれで、被ばくの影響が過小評価されています。こういう何重にも積み重ねられた過小評価のうえに、放影研や日本政府による「一〇〇ミリシーベルト以下では生涯がん死亡リスクは不明(危険とは言えない)」という説が作り上げられているわけです。

新しい線量推定システムDS02では、爆心から二キロメートルでおよそ一〇〇ミリシーベルト、二・五キロメートルでおよそ五ミリシーベルトの被ばく線量とされます。したがって、「百ミリシーベルト以下では生涯がん死亡リスクは不明(危険とは言えない)」というのは、「広島、長崎の原爆を二キロ離れたあたりで受ける線量なら生涯がん死亡リスクは不明」と言っていることに等しいわけです。しかし、ここまで見てきたように、ABCCも放影研も、リスクを評価するにあたって、初期放射線しか考慮していません。福島第一原発事故のように、残留放射能と本質的に同じである放射線降下物の影響が問題になる場合には、放影研のデータは役に立たないのです。

健康調査(LSS)の問題点の説明はたとえば、p111-112。

ABCCは、統合研究計画に一丸となって取り組む組織に生まれ変わりました。こうしてはじまったのが、LSSと呼ばれる、「寿命調査(Life Span Study)です。LSSでは、広島、長崎に住む人(被爆者、非被爆者)から調査対象が固定されました。固定されるとは、「いったんこの人を調べると決めたら、その人が死ぬまで調査が続けられる」という意味です。

放影研の説明を見てみましょう。

寿命調査(LSS)は、疫学(集団および症例対照)調査に基づいて生涯にわたる健康影響を調査する研究プログラムで、原爆放射線が死因やがん発生に与える長期的影響の調査を主な目的としています。1950年の国勢調査で広島・長崎に住んでいたことが確認された人の中から選ばれた約94,000人の被爆者と、約27,000人の非被爆者から成る約12万人の対象者を、その時点から追跡調査しています(放影研ホームページ「用語集 寿命調査」より)。

十二万人が対象ですから、非常に大規模な調査であることはまちがいありません。このLSSが、現在、国際的な放射線防護基準を決める根拠となっているのです(もう一つの根拠が後で述べる線量推定システム)。(後略)

p223-225。

しかし、LSSが深刻な問題を含んでいることは、科学技術史家の中川保雄や物理学者の澤田昭二をはじめ、多くの被ばく問題研究者によって指摘されてきました。ここでは典型的な問題を二つあげます。

一点目は、原爆投下時から一九五〇年十月一日までに、放射線被ばくによって亡くなった被爆者がまるごと無視されていること。

中川保雄は、これに関する問題点を次のように指摘しています。

[LSSの]調査期間を一九五〇年一〇月一日以降としたことから、つぎのような問題が生まれた。第一にアメリカ軍合同調査委員会とABCCは放射線による急性死は原爆投下後ほぼ四〇日ほどで終息したと評価したが、それ以後もおよそ三ヵ月間引き継いだ急性死がそこでは切り捨てられている。(略)第二に急性死と急性障害の時期を生き抜いたとしても、放射線 被爆 ( ママ ) による骨髄の損傷が完全に回復することはない。骨髄中の幹細胞の減少によるリンパ球、白血球の減少は避けられない。(略)また、骨髄中の幹細胞に残された障害による突然変異に起因して、晩発的影響である白血病、再生不良性貧血や血液・造血系の疾患が発生する。このように、感染症等にかかって死亡する被爆者が一九五〇年以前には多数存在したと考えられるが、ABCCの調査にはそれらの死亡は全く考慮に入れられていないのである(『放射線被曝の歴史』)。

放射線被ばくの影響を強く受けた人、あるいは被ばく線量そのものは小さくても放射線に強い感受性を持つ人が、早期に重い症状を呈し、死亡に至った可能性は、当然考えなければならないはずです。それなのに、一九五〇年十月一日以前に亡くなっていたため、放射線被ばくに影響を考えるうえでもっとも重要な人たちが調査から除外されました。なんと皮肉なことでしょうか。生き残った人の間で比較しても顕著な差は出にくいのです。

二点目は、被爆者同士を比較していること。疫学調査で大事なのは、正しいコントロール(対照)を設定することです。放射線被ばくの影響を明らかにしたいのであれば、被ばくした人と、全く被ばくしていない人からなるコントロール群とを比較しなければなりません。ところが、ABCCとその後身の放影研は、被爆者同士を比較するという過ちを犯し続けているのです。

(中略)

「異なった距離の被爆者の比較」とは、近距離被爆者と遠距離被爆者を比較したということです。近距離被爆者とは、爆心地から二・五キロメートル以内で被ばくした人、遠距離被爆者とは二・五~一〇キロメートルの範囲で被ばくした人のことです。近距離被爆者と遠距離被爆者を比較すると、結果的に、遠距離被爆者に対する影響は無視されることになります。

ABCC・放影研は二〇一二年までにLSSを第十四報まで公表していますが、近距離被爆者と遠距離被爆者を比較する過ちを犯しつづけています(正確には、一九九〇年頃から、遠距離被爆者も、それまでの近距離被爆者の区分に組み入れていますが、統計処理上、実質的にそれ以前と同じように被爆者同士を比較しつづけています。170ページで触れた澤田昭二が、これについて「放影研の『黒い雨』に関する見解を批判する」で詳しく解説しています。

線量推定システムの問題点の説明はたとえば、p117-118。

先に紹介したABCCの生物統計部長ウッドベリーは、イチバン計画の開始にあたって、残留放射能の影響は考慮しないのかと問い合わせ、研究資料も送りました。しかし、彼の提案はここでも無視されます。この実験に携わった科学者の証言によると、当時のアメリカ原子力委員会委員長が、実験についてマスコミに漏らしたら「殺す」と言っていたそうです。このように極秘裏に行われた、言い換えれば、透明性の低い実験をもとに作られたのがT65Dなのです。

T65Dは長く権威ある線量推定システムとして利用されてきましたが、一九七〇年代に致命的な欠陥が見つかり、一九八六年にDS86という線量推定システムに取って代わられます。さらに二〇〇二年にDS02と呼ばれる改良版が出されて今に至ります。

線量と一口に言っても、T57DからDS02まで扱っているのは基本的には初期放射線の線量のみで、残留放射能による線量は無視されています。その事情について、『放射能影響研究所 要覧』(二〇一四年七月)は、次のように説明しています。

「残留放射線」の推定に必要な情報の入手はほとんど不可能に近いことから、線量評価システムでは初期放射能による個人別・臓器別被曝線量だけを推定している。

測定する手段がない。それが残留放射能が無視される理由の一つです。もうひとつの理由として、放影研が挙げるのは、残留放射能の影響はとるにたらないということです。しかし、問題なのは放影研が、残留放射能についても、初期放射線と同じように、「個人別・臓器別被曝線量だけを推定している」点です。すでに述べた内部被ばくの影響の仕方を思い出してください。初期放射能(ガンマ線や中性子線)のような外部被ばくとは違って、残留放射能による内部被ばくは、体内の細胞レベルに効いてきます。それなのに放影研は、「個人別・臓器別被曝線量だけを推定」するのです。これは、人体レベルや臓器レベルで、線量を均してしまうことを意味します。人体にせよ、臓器にせよ、細胞一個よりはるかに大きいことは言うまでもありません。放影研は、本来、細胞レベルで考えなければならない内部被ばくの影響を、人体レベル、臓器レベルで考えることで、小さく見せているのです。

木村朗・ピーター=カズニック『広島・長崎への原爆投下再考―日米の視点』

amazon

この本は論証が明快でないので読んでいていらつくが、提示されている「仮説」は驚くべきものであり、広く共有されることが望まれる。

p188-190。

(前略)一つはですね、1945年の春の日米両政府の動きです。日本は1945年の2月以来ですね、実はすでに降伏を模索し始めていました。その2月というのは、天皇に降伏を進めた近衛上奏文が出された時期で、それは結果的に却下されたんですが、それが最初の動きです。そして5月。3月に沖縄戦がはじまり、5月8日にドイツが降伏しますけれども、その時期ですね。2月から5月にかけての時期が一つのポイントで、この時期が日本に降伏を求める最初のチャンスであったと思います。アメリカは日本にそういう降伏・終戦を模索する動きがあるということをすでにつかんでいたんですね。でも、その情報を知ったアメリカは、それを歓迎するのではなく、むしろ困ったというか喜ばしくないように受け止めたのではないかと思います。これはマンハッタン計画の主導者であるグローブス将軍の動きによくあらわれています。彼は、このままでは原爆開発が成功しない前に、日本に原爆を投下する前に、日本が降伏してしまうかもしれないということで非常に焦って、マンハッタン計画のスピードアップを命じました。またトルーマン大統領の動きですが、ポツダム会談を早ければ5月か6月にも開催するという可能性もあったんですが、それをわざわざ原爆実験が予定されていた7月半ば以降に延期したんです。それは戦争終結を意図的に延期した、ということと同じだと思います。もう一つは、アラモゴードの原爆実験の結果ですが。それは不幸にも成功したわけです。(中略)

当時アメリカは、ウラン型原爆はもう完成し持っていましたけれども、プルトニウム型原爆については実験次第でありました。だからこの原爆実験に失敗した時は、たとえウラン型原爆一発を持っていたとしても、それは虎の子の一発であって、戦後の冷戦、ソ連との対決を考えたら、その一発だけを落とすという選択肢はなかったのではないかと思います。

それともう一つ重要な視点は、グローブス将軍が一番明確にそのことを言っているんですが、日本への原爆投下は常にウラン型とプルトニウム型をセットで二発落とすということが必須の命題として考えられていたということです。

グローブス将軍はアラモゴードで原爆実験が成功した後に部下からこれで日本との戦争が終りますね、と言われたときに、「いや、まだだ。原爆を二発投下するまでは終らない」と語ったと伝えられています(アラモゴードでの実験はプルトニウム型の原爆)。

(中略)

それで広島への原爆投下後、それによって日本が降伏、ポツダム宣言受諾に動くかどうか、十分、時間的余裕を与えないまま、さらに二発目の原爆投下を、しかもソ連参戦があった直後に、長崎に対して行いました。それで長崎に何故落としたかと言えば、もし長崎に原爆を落とさないで、ソ連参戦直後に日本が降伏した場合には、ソ連参戦によって日本が降伏したということにもなりかねない。それで、もしそのようなことになったら大変ですので、それを避ける為にも直ちにソ連参戦直後に落とす必要があったということではないか、と思います。

本来ならば広島に原爆を落とした三日後の8月9日未明にソ連参戦があった(対日宣戦布告は8月8日)わけですから、それで日本降伏を待つのが当たり前なのですが、それをせずに長崎に続いて原爆を落とした理由は、ソ連参戦の影響を最小限にしたいということの他に言えば、やはり広島に落としたウラン型原爆の他に、まだ一個残されていたプルトニウム型原爆の実戦での使用をおこなう必要があったということだと思います。つまり、プルトニウム型原爆は実験では成功しましたけれども、実戦で成功するかどうかはやってみないと分からないという部分があって、やはり実戦での使用の可否、その影響を知るという、新型兵器の実験をどうしてもする必要があったのだと思います。

p27-28。引用内引用は「被爆者救護法―もうひとつの法理」『毎日新聞』1994.09.06付

こうした仮説を最も早くから主張していた人物の一人が故芝田進午氏である。彼の次の言葉は実に説得力に富んでいる。

広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。一つには戦後世界での米国の覇権確立であり、二つには「原爆の効果」を知るための無数の人間への「人体実験」だった。だからこそ、占領直後に米軍が行ったことは、第一に、原爆の惨状についての報道を禁止し「人体実験」についての情報を独占することだった。第二に、史上前例のない恐ろしい火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者のケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。第三に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。たしかに「実験動物」を治療するのでは「実験」にならない。そこで、米軍は全力を尽くして被爆者の治療を妨害したのである。第四に、「実験動物」のように「観察」するABCC(「原爆傷害調査委員会」と訳された米軍施設)を広島・長崎に設置することだった。加害者が被害者を「調査」するというその目的自体が被爆者への人権蹂躙ではなかったか。

矢部宏冶『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(20141019,集英社インターナショナル)

amazon

筆者(わたし)はこの本の議論の焦点はこの本が「集英社」という「アメリカに都合の良い歴史を日本人に刷り込むこと」に長年貢献してきたような出版社の出版物であることだろう、と思っていたし、今でも思っている。だが「事態は全然それ以前」であり、この本を「良い」という人は「言論を発信したり活動をする」人ではまったくなく、それに対して「言論を発信したり活動をする」人というのはこの本・著者に対してまったく無反応・無視である、という状況がこの一年で急速にわかってきた。なので、まずこの本の一部の叙述は「かなり広く共有」され「言及」されないと話にならない。「岩波vs集英社」などという「論壇の見取り図」のような話題など、高度過ぎて多くの人には全くの無縁だったのである、が、論壇でもそういう話題をする人は皆無である。

p95。

その後調べると日米原子力協定という日米間の協定があって、これが日米地位協定とそっくりな法的構造をもっていることがわかりました。つまり「廃炉」とか「脱原発」とか「卒原発」とか、日本の政治家がいくら言ったって、米軍基地の問題と同じで、日本側だけではなにも決められないようになっているのです。条文をくわしく分析した専門家に言わせると、アメリカ側の了承なしに日本側だけで決めていいのは電気料金だけだそうです。

p96。

一方、日米原子力協定では、多くの条文に関し、「日米両政府は○○しなければならない(the parties shall…)と書かれています。「しなければならない(shall)」はもちろん法律用語で義務を意味します。次の条文の太字部分を見てください。(中略)つまり「アメリカの了承がないと、日本の意向だけでは絶対にやめられない」ような取り決めになっているのです。(後略)

p97-98。

事実、野田内閣は二〇一二年九月、「二〇三〇年代に原発再稼働ゼロ」をめざすエネルギー戦略をまとめ、閣議決定しようとしました。このとき日本のマスコミでは、「どうして即時ゼロではないのか」とか、「当初は二〇三〇年までに稼働ゼロと言っていたのに、二〇三〇年とは九年も伸びているじゃないか。姑息なごまかしだ」などという批判が巻き起こりましたが、やはりあまり意味のない議論でした。外務省の藤崎一郎駐米大使が、アメリカのエネルギー省のポネマン副長官と九月五日に、国家安全保障会議のフロマン補佐官と翌六月に面会し、政府の方針を説明したところ、「強い懸念」を表明され、その結果、閣議決定を見送らざるをえなくなってしまったのです(同月一九日)。

これは鳩山内閣における辺野古への米軍基地「移設」問題とまったく同じ構造です。このとき、もし野田首相が、鳩山首相が辺野古の問題でがんばったように、「いや、政治生命をかけて二〇三〇年代の稼働ゼロを閣議決定します」と主張したら、すぐに「アメリカの意向をバックにした日本の官僚たち」によって、政権の座から引きずりおろされたことでしょう。

いくら日本の国民や、国民の選んだ首相が「原発を止める」という決断をしても、外務官僚とアメリカ政府高官が話をして、「無理です」という結論が出れば撤回せざるをえない。たった二日間(二〇一二年九月五日、六日)の「儀式」によって、アッというまに首相の決断がくつがえされてしまう。日米原子力協定という「日本国憲法の上位法」にもとづき、日本政府の行動を許可する権限をもっているのは、アメリカ政府と外務省だからです。

p35。

こうした弾薬庫に、もっとも多い時期には沖縄全体で一三〇〇発の核兵器が貯蔵されていました。これはアメリカの公文書による数字です。

緊急事には、すぐにこうした弾薬庫から核爆弾が地下通路を通って飛行場に運ばれ、飛行機に積みこまれるようになっていた。そしてショックなのは、それが本土の米軍基地に運ばれ、そこからソ連や中国を爆撃できるようになっていたということです。

(中略)

中国やソ連の核がほとんどアメリカに届かない時代から、アメリカは中国やソ連のわき腹のような場所、つまり南北に長く延びる日本列島全体から、一三〇〇発の核兵器をずっと突きつけていた。

(中略)

「えーっ、沖縄に一三〇〇発の核兵器があったの?」「しかもそれが本土の基地に運ばれて、そこから飛び立って中国やソ連を核攻撃できるようになっていただって?」とても驚きました。この年になるまで、まったく知らなかったからです。「じゃあ、憲法九条ってなに?」と当然、疑問をもつわけです。

そこで歴史を調べていくと、憲法九条二項の戦力放棄と、沖縄の軍事基地化は、最初から完全にセットとして生まれたものだということがわかりました。つまり憲法九条を書いたマッカーサーは、沖縄を軍事要塞化して、嘉手納基地に強力な空軍を置いておけば、そしてそこに核兵器を配備しておけば、日本全土に軍事力はなくてもいいと考えたわけです。(一九四八年三月三日/ジョージ・ケナン国務省政策企画室長との会談ほか)

だから日本の平和憲法、とくに九条二項の「戦力放棄」は、世界じゅうが軍備をやめて平和になりましょうというような話ではまったくない。沖縄の軍事要塞化、核武装化と完全にセット。いわゆる護憲論者の言っている美しい話とは、かなりちがったものだということがわかりました。

p。

p。


2018-01-28 「事実」と「意見」・「知識」と「理解」

以下の論考はまだ決定的に不十分であることをお断りしておく。

ここ二十年ほどの国語科教育について検討するときに中核となるのは、おそらく「命題」という概念である。つまり「真理値をもちうる文」である。とは言え代表的であり主に取り上げられるのは、そのうちの「事実」である。「真理値をもちうる文」のなかには、「法則」や「真理」(数学の定理や、ニュートンの三法則のような自然科学の基本法則)や、ある種の「定義的命題」もあるが、たいていの場合はそれらよりは「事実」のほうが想定されていることが多い。なので、以下では、「事実」という語で、「法則」「真理」「定義」なども含めて「真理値をもちうる文」全般を想定することにする。たとえば「2018年1月28日山田太郎は犬の散歩をした」なら「事実」(過去形)である一方で、「山田太郎は週に一度は犬の散歩をする」なら「法則」(普遍的現在形)であるわけだが、どちらも一緒くたにして「事実」と呼ぶことにする、というわけだ。

「事実」と「意見」という対比

石原千秋『評論入門のための高校入試国語』(2005,日本放送出版協会)では、大まかにいって次のような区分と著者独自の特徴づけが行なわれている。すなわち、かたや、「事実」中心に書かれ、「文の真偽ではなく、文の意味・正誤」が理解できることが目指されているのが「説明文」である、他方で、「事実と意見とが錯綜して」書かれており、両者を切り分けながら読むことが目指されているのが「評論文」である。これである。そして全体的な論としては、説明文は読むのが易しく中学生向きだが、評論文は読むのが難しく高校生向きである、とでもいうように総括されている。ただしここで言う説明文を読むというのは、文意を理解するということであって、真偽を判断するということではあまりない。しかし石原はその「説明文を読むときの真偽の判断」についてはずいぶんと軽く見ており、重視はまったくしていない。またその「真偽の判断」の教育も国語科の領分だと当然視している。ともかくそういうわけで、読む課題としては「事実」よりも「意見」のほうが高度であるために高等学校の分担になっていて中学校の分担ではない、という認識が示されているわけだ。

木下是雄の「意見」と石原千秋の「意見」とが同じ意味合いなのかどうかはわからない。以前別の文章でもふれたように、木下是雄が「事実と意見とを書き分けよ」と主張するとき、その「意見」は二つの用法が混在していた。一つは「オピニオン」や「判断」といったものであり、通常「意見」と呼ばれることの多いものである。「良しあし」や「賛成反対の態度」といったものだとも言える。それに対してもう一つは「仮説」「推測」「予測」といったものであり、要は「事実に昇格する可能性のあるもの」である。これらもまた木下是雄は「意見」と呼ぶのであった。そして石原がその「事実に昇格する可能性のあるもの」のことを「意見」と呼んでいるか、そう呼ぶことを前提にして「評論文」の自説を主張しているのかどうかは、はっきりとはわからない。

ここであらためて主張しておきたいのは、「説明文を読むこと(真偽判定)が中学生向きの易しい課題である」と石原がなぜ主張できるかの理由である。それは「国語の教科書か高校入試問題の範囲内」だからである。すなわち、こうだ。大学入試とは異なり、高校入試の国語科の出題は出題する者は必ず国語科教員である。要するに、国語科教員が手に負える範囲内の説明文しか、教科書や入試では扱われない。だから「説明文の真偽の判断」に関して、石原は深く検討することなくこの書籍を出版することが許されているのだ。「国語教員有資格者により作成された教材・出題」の範囲外になれば、膨大な量の「説明文」の「真偽判断」が「国語科教員の手に負えないもの」として現出することはあまりにも明らかである。報告文や報道文、ジャーナリストによる文や自然科学の論文や記事など、きりがないほどである。また、「事実を書いた文」と、「文学作品における風景等の描写文」との違いというのも思いのほか厄介である。ともかく、この書籍では「説明文の真偽を読者が判断するという課題」について等閑視したのみならず、むしろ「容易な課題である」という読後感すら引き起こしかねないような書き方をしていて、このことが国語科教育に与えている悪影響は決して小さいものではない。概括すればその悪影響というのは「事実について検討するという課題が存在することを教えないまま、事実を書いたような恰好の文章を読んで“意見”を形成することだけを要求する」といったものになろう。

「説明文を国語科で学習する」ときにその文章の「事実性」が焦点になることは無い、ということは教わった者は皆知っている。あくまで「事実表現」を学習するだけなのだし、「小説のリアリズムの描写」と決定的に異なるものとして学習するわけでもない。だが、「説明文の読解→中学生向き」/「評論文の読解→高校生向き」と位置づけられることによって、「事実性の検討」が求められている課題ではないことを生徒が無自覚的に学び取る結果を帰結する。「この文章を読んで意見を言いなさい」と言われたときに、「良しあし」や「賛成反対」を述べることはあっても「邪馬台国は奈良県にあったとこの文章には書いてあるけど、私は福岡県だと思う」といった「事実性についての検討」は生徒からはまず出てこない。それが出てこないのは当然で、国語教師の専門ではないからだ。つまり「説明文」というのは、文章の事実性の確認をできない専門の者が分担している、というわけだ。石原のこの「説明文の読解→中学生向き」/「評論文の読解→高校生向き」という「発達段階」にはそのことへの考慮が無い。

「知識・記憶」と「思考・理解」という対比

「知識」や「記憶」という概念は「事実」概念を前提している。「Aを知っている」「Aを記憶している」というときのAが「真理値をもちえない文」だったら話にならないからだ。少し乱暴に言えば、「知識」「記憶」であるためにはAは「事実」でなければならない。そして少なくとも「事実として正しいか誤っているかのいずれかである」ような恰好をしていなければならない、わけだ。

そのことの帰結はよくわからない。だが「事実概念と知識・記憶概念との密接な関連」に因って次の対比が自然に感じられるように思わされてはしまうだろう。すなわち「説明文の学習/評論文の学習」という対比が「難易度」を前提していたようにして、「知識・記憶」/「思考・理解」もまた「難易度」を前提している、という対比だ。しかしここには考え足りない論点がある。ただここまでの「事実」概念との関連付けはまだ筆者は考えつめていないので、以下は、今までとは別の方向で話をする。

さて、素朴に考えれば「Bということを理解する」ためには、そのBを構成する要素は「知っている」必要、「記憶している」必要があるはずだ。知識や記憶が無ければ、それを必要とする「理解」も「思考」もできない。たとえば「日本語の知識」というものだけでも必要である、ということくらいはわかるはずだ。「知識・記憶」/「思考・理解」が「易/難」の段階と重なって見えるとしたら、それは前者が前提になって後者が可能になっているからにほかならない。だがそのことが時に見えにくくなる。

その見えにくさに介在している一因は「記憶」や「知識」にも段階があることだ。たとえば「記憶」にも「いつでも好きなときに思い出すことができる」というレベルのものもあれば「言われて初めて思い出すことができる」というレベルのものもある。同様に「知識」にしても「コトバでなら言える」知識もあれば「体で身に着いている」ほどの知識もある。この場合の「知識・記憶」は「言われてみればわかる」程度の弱い記憶や「コトバでなら言える」知識といった、「弱い記憶・知識」でも十分である場合も多いのだ。

「記憶」や「知識」に段階があることを捨象し、「完全な記憶・完璧な知識」のみを特に想定すれば、「知識・記憶」と「思考・理解」とは、「前提/結果」というよりは、対立する二項と位置づけうる。すなわち「一つ一つの要素は完全に記憶して知っているのに、それが素材や前提となる理解や思考だけはできない」という状態が、特に顕在化され重視される。「知識がないと理解もできない」という弊害よりもはるかに「知識があっても理解ができない」という弊害のほうばかりが重要視され、要対策とされるようになる。「ハイパーメリトクラシー」化という社会現象を担っていたのは、この偏った重要視である。この偏りとは、「選別される者」を考慮せず「選別する者」の事情ばかりを考慮したものでもある。「知識がないと思考もできない」というのは試験等で「選別される側」の問題である。それに対して、「知識があっても思考ができない」というのは試験等で「選別する側」の問題である。「選別されるべきでない者を選別してしまった」という問題である。このように、「選別する側」の都合ばかりが言説として肥大化したのが、「ハイパーメリトクラシー」化のひとつの面であったわけだ。

「知っていること」と「知識」の相違

「知識」と「理解」の対立を先鋭にしている要因の一つに、「知っていること」を「知識」と呼ぶという呼称の問題がある。筆者の理解では「知っていること」≠「知識」である。「知っている」ことは「理解している」ことの前提である場合も多いわけだが、「知識」となるとむしろ「知っているけど理解していない」場合に優先的に使われる呼称となるわけだ。

戸田山和久『知識の哲学』の序章なども参考にしつつ述べると次のようになる。「私は自転車の乗り方を知っている」という発話は、戸田山によると「自転車に乗ることができる」と同義である、となるらしい。だがもしここに『自転車の乗り方』という書籍や文書が存在する場合、話はずっとややこしくなる。「私は自転車の乗り方を知っている」と述べる人がいても「知っているだけで乗れないんじゃないの?」と問うことが十分可能になるのだ。ましてや「私は自転車の乗り方の知識がある」などと言えば、それはむしろ「『自転車の乗り方』という書籍に書いてある内容を記憶しているだけで、自転車に実際は乗れない」と積極的に述べたのに近いことになる。というのも、もし乗れるのならば、「乗り方の知識がある」などという言い方はまず絶対しないからだ。ここに「知っていること」と「知識」との差がある。「知っている」の場合なら、「経験している」や「理解している」との差は多少流動的だが「知識」ならばそうでないからだ。一方、日本語で「知識」と呼ばれるとき、特に学術的な文脈や外国語の訳語を話題にしているのでもない限り、それは「書かれた文字列を知っている」であり「書かれた文字列を知っているという以上のことはない」ですらある。というのも、それ以上の場合なら、「できる」とか「理解している」と言うのに決まっているからだ。その意味では、『自転車の乗り方』という書籍が眼前にある場合は、その書籍の内容を知っている場合には、「自転車の乗り方を知っている」とは言わずに、「自転車の乗り方の知識がある」と述べる方が、通常であろう。「乗り方を知っている」だと「乗り方を理解している」ことや「乗り方を経験している」こととの区別がつきにくくなるからだ。

「知っている」と「知識がある」との日本語語用上の違いは、だからこうだ。「私は自転車の乗り方を知っている」と発話するとき、それは「自転車に乗ることができる」と同義であると見なす戸田山の見解に対して、筆者はやや異を唱えておきたい。「私は自転車の乗り方を知っている」というとき、それは「自転車に乗ることができる」以上のことをむしろ含みうる。それは「自転車の乗り方という、未だ文字列になっていないものを、自分の言葉で他人に説明可能である」という含みである。それに対して「自転車の乗り方の知識がある」の場合は、反対に「自転車の乗り方というすでに文字列になっているものを知っている。そしてそれ以上ではない」(つまり自転車に乗ることはできない)という内容を含みうる。「知識」という語は、「学習の対象」であることを意味している。だから「知識がある」という言い方は「学習の対象としてすでにあらかじめ存在しているものを、学習済みである」ことを意味する。なので「自転車に乗ることができる」と言わずにあえて「自転車の乗り方の知識がある」と発話した場合、それは学習がまだ途上であること、単に「学習対象の文字列を記憶済である」こと以上を意味できない。「乗り方の知識を記憶済であり、かつ、それを理解している」場合なら「なら理解しているとだけ言えよ」となるだろうし、「乗り方の知識があり、そして乗ることもできる」場合なら「なら乗ることができるとだけ言えよ」となる。そういうことだ。

再び「知識・記憶」と「思考・理解」という対比

上記のように定式化し直してみると、先ほどの主張「同様に「知識」にしても「コトバでなら言える」知識もあれば「体で身に着いている」ほどの知識もある。」というくだりは、修正の必要がある。すなわち幅があるのは「知っていること」であって「知識」ではない、とである。「知識」に幅があるとしてもそれは既に学習した文字列の記憶の程度という幅でしかない(再認は可能という記憶段階と再生も可能という記憶段階など)。「体で身に着けているもの」「体得したもの」を「知識」とは通常呼ばないのである。

大まかに言って「教わったこと以上のことを知っている」という場合、それは「すでに教わった知識」と「それ以上の理解」というふうに使い分けられることになる。同様にして、「文字列になっていない多くの事柄」は「知っている対象」とは扱われても、それを「知識」とは呼ばれないことになる。たとえば、「自分がどれだけの単語を知っているかを知っている」「自分がこの単語を記憶したのは何月何日かを知っている」という「自己知」「エピソード記憶」や、「相手がどれだけの知識があるかを知っている」という「知(というか他者理解)」や、あるいは「オーボエの音色を知っている」「ベビースターラーメンの味を知っている」という「知覚・感覚的知」は、そういうわけで「知識」とは通常呼ばれない。したがって「知識・記憶/理解・思考」という二分法で学習対象を分別していったとき、それらは「知っている」という動詞とは連接できても、「知識」の対象には入らない。それらは「理解」などの対象に入るのだ。

あるいは、日常的に相手の無知を非難する際には「知識が無い」とは言わず「常識が無い」などという言い方をして、「知識」と「常識」とを使い分けるという方策も見られるだろう。「知っていて当然の事柄」を「常識」と呼び、「単に知っているだけの役に立たない事柄」を「知識」と呼んで区別するというわけだ。

欧米語では「知識」というのは、「頭の中にあるもの」を指すわけだが、日本語語彙の通常の用語法では、むしろ「頭の外にあるもの」「すでに文字列化されたもの」「これから学習する対象」を指す。そして、それ以外の「頭の中にあるもの(と思われているもの)」(「理解」や「常識」など)とは区別しようとする。

学力試験にはさまざまなものがあり、「すでに文字列化したものを単純記憶して再現する」タイプのものばかりではない。だが、ハイパーメリトクラシー下の言論では、学歴取得のための試験が悉くこの「知識」再現型のものばかりであるかのように言い募り、「したがって学歴があるからといって充分ではない」と述べ、そのことによって大企業や教職の募集で「新卒採用」を大幅に削減することを正当化してきた。そのこと自体も問題であるが、その一方で「知らないことによって理解することも行動することもできない」という学習者の側の弊害からは目を逸らし続けることにも貢献してきた。「知らないから理解できない」「知らないから行動できない」という弊害のほうは無かったことにして、「知っているだけで理解はしていない」「知っているだけで行動できない」ことの弊害のほうばかりを、針小棒大に言い募ることが行なわれてきた。そのことによって、新卒の採用を削減することが可能になったと同時に、学習者の方の「知らないことによって起こっている弊害」を訴求しづらくなる、という事態も可能にしてきた。そしてその言説状況に大きく貢献してきたのが「知っていること」を「知識」と呼び変えて、その矮小化された「知識」概念を用いた概念操作によって言説を正当化する、という所作であった。


2018-01-25

「ハイパーメリトクラシー」時代が教育に遺した負の遺産の処理という問題がある。また、石原千秋の『評論入門のための高校入試国語』という杜撰な本に現われている「無考え」が及ぼしている負の影響の処理という問題がある。以下メモ。

「ハイパーメリトクラシー」時代には、「受験勉強・学歴社会の敵視」を含む主張が左右保革問わずなされるようになった。その際に「受験勉強の矮小化(藁人形化)」を伴った「提言」や「実践」がなされる、という不毛な事態に陥った。そこでは「知識や記憶」に対して「思考」と「理解」とを都合よく使い分けた上で対置し、その「思考や理解」の中身を運用する側が恣意的に決める、という不毛な議論や実践が行なわれた。要するに、ここでは「思考と理解の違い」という論題が真剣に追求されなかったのだ。

なお、テレビ朝日のクイズ番組である『Qさま』『ミラクルナイン』は、こういった不毛さに対して一定のオルタナティブを提示しえており(しかもそのことにある程度は自覚的でもあり)、筆者は大いに注目している。

一方、石原千秋『評論入門のための高校入試国語』には、大まかにいって「事実の主張/事実主張の検討/意見」という区分が提示され、その全域が「国語科」の守備範囲である、という態度が示されている。すなわち「説明文」で「事実主張の検討」を行ない「評論文」で「意見の形成」を行なう、という「分担」観が提示される。しかし、実際には「事実主張の検討」についてはさしたる目ぼしい内容が提示されるわけではなく、単に「説明文に書かれている内容の事実性の検討は中学校の国語教師がやるものである」という「無根拠な断定」だけが残るしくみになっている。そういうわけで、国語という教科では「事実について書かれたものを基にした意見の形成」こそが「高等学校で行なわれる高度な課題」である、というさらなる「無根拠な断定」がなされる。この主張に典型的であるような「無考え」が、悪影響なのである。

以上、まず問題の全体を鳥瞰するためのメモ。


2018-01-23 1980年代首都圏中学受験 「男女優秀地域」の抽出

1980年代に、男子も女子もともに「難関中学」に合格している学区を「警察署の管轄域」ごとに集計し、その「上位」を地理的隣接関係に基づいて分類した。

「男女の対等」という事項が家庭の「文化資本の格差」の一要素になっているという疑惑があり、その問題意識から出現した今回の集計である。「男女の対等」が家庭において発現する場合、「父と母との対等関係」という形になることがまずは想定可能であり、その「対等関係」から来るコミュニケーション傾向が子供の「文化資本」ともなり、更にはその多寡が「格差」の一因にもなるだろう、という推測の上に推測を重ねたような仮定である。もっとも、その傾向が即座に「男子も女子も難関校に合格する」という結果になるとは無論全く限らない。単に「男子も女子も難関校に合格する」地域ならばそのような家庭が多いだろう、というこれまた推測に過ぎない。

「男女の対等」の基準として想定することができる候補には、「男女差が小さい」という事態と、「男女とも絶対値が(あまり)小さくない」という事態とがある。今回は後者の基準を採用した。なぜなら、「絶対値が小さくない」場合のほうが、現実に影響をもつからである。ようするに「優秀な異性が実在した」という経験をもつ者が一定数いることを保証できるわけだ。それに対して「男女差が小さい」だけだと、要するに絶対数が少ない学区のほうが単に確率的にそうなりやすいだけである。だから「差が小さい」ことに積極的な意味があまり無い。したがって現実に影響をもつ効果はあまり期待できない。なので、こちらを基準として用いることは今回はしていない。

早い話「合格者の絶対値」が大きい学区が選ばれやすいような基準を用いている、と言っても良いと思う。ただしいくつかの署域は「割を食った」格好になっている。たとえば板橋区や江戸川区といったあたりが「割を食った」。これらの中には合格者の「絶対値」は多くとも、どちらか片方の性の合格者が絶対値として小さいという学区の割合が多かったのだ。

「男子も女子も難関校に合格する」ということが、どのような原因や結果と関係をもつのかはにわかには判定しづらい。大まかに言って「生徒の所属階層のひどく高い」地域だと「女子の合格者が男子に比較してかなり少ない」傾向が、ときどき散見される。この種の地域は公立に進学してもさほど「心配」が無いからだろう。こういう地域だと男子ばかりがやたら合格していることがある。ただしその逆は保証できない(つまり、男子ばかり合格する地域は所属階層がひどく高い、とは全く断定できない)。また反面、「治安の悪そうな」地域だと「女子ばかり合格しており男子の合格者が少ない」傾向がときどきある。要は女子だと公立中学進学を絶対に回避したいのだが「勢い余って」なぜか難関校に受かってしまった、といった事象が起きやすいタイプの地域である。この時代の女子の難関校は、出題内容が男子に比較して「易しい出題を素早く、またとりこぼさず得点する」ほうに幾分寄っているので、「勢い余って」の合格もありうるように思える。と、このように、「男女ともに難関校に合格する」わけではない地域というのがそれなりにいろいろであるので、その否定形である「男女ともに難関校に合格する」という地域も「男女の平等が体現された地域である」と単純に即断することなど到底できない。あくまで「優秀な異性が存在するという経験」をもつ者が確率的に多いだろう、ということでしかない。それが「男女の対等の体現」であるかはまた、議論の余地がいくらでもあろう。このことは確認しておこう。

筆者がここで前提している事柄は実はかなり、世間の良識に逆らったものを含んでいる。というのも、通常ならば、「男女ともに難関校に合格する」学区というのは、中学受験ということに加熱した地域であり、この1980年代ごろなら「受験競争の病理」とでも定式化されるような状態である。しかし、その「病理」は同時に「優秀な異性が世の中に存在する」ということの認識を伴うものであり、また、「男女ともに対等に活躍する」ことを許容する文化傾向を併せ持つ可能性をもつものであった。つまり「周囲に難関校合格者の多い環境」で育った者は、また「優秀な異性が存在する」という社会感覚をもつ可能性が高い。反対に「周囲に難関校合格者の少ない環境」で育った者は、家庭環境がそうでなければ、「優秀な異性が存在する」という社会感覚をもつことが難しいことも多い。その点で、「男女ともに難関校に合格する」学区のほうが「良い環境」である、という一面を筆者は少し強調したいのである。そしてこれは当時でも、そしておそらく現在でも常識にかなり逆らった見方でもあるのだ。たとえば通常だと、「周囲に難関校合格者の少ない環境」で独力で努力することのほうが称揚されやすいわけだが、そこには「優秀な異性が世の中に存在する」ということの認識を伴わない、というリスクがあるわけだ。

難関校として男子は「開成、麻布、武蔵、筑駒、栄光」を、女子は「桜蔭、女子学院、雙葉、フェリス」を採用した。実はこの段階でもすでに男女の間に差があり、女子の難関校は男子のそれと同じ意味合いの学校ではあまりない。要するに、女子の難関校はこの時代には、「開成、麻布、武蔵、筑駒、栄光」と結婚できるОLになれる確率の高い学校、という意味合いでしかない。女子が一流会社に就職するのはそこで働くためではなく、そこで働く男性と結婚するために過ぎなかったわけだ。この時代はまだ、女子の難関校は十分に成熟した選択肢にはなっていない、というべきであり、あくまで相対的なものに過ぎない。この時代でも女子は調査対象の学校を変えれば、結果が変わることもありうる。特に社会科教育に着目しての調査対象選択は一考に値するようにも思う。

なお、東大に男女とも大量に合格する学芸大附属高校というコクリツ高校があるが、その附属中学は、附属高校に約半分しか進学できないと言われている。なので、その附属中学を「難関校」として扱うことには、筆者にはかなり強い抵抗があった。なぜならその進学システム自体が「第一志望に落ちた」子でないと進学したくないようなものであるため、ここに進学する子供は「やむをえず」の子が多い筈であると推察できるからだ(第一志望に落ちた子か、学費が少しでも安い方が良い子)。

最後に調査資料とその処理について簡単に説明する。東京に本拠地のある四谷大塚進学教室の合格者名簿の1982・83・85・86・87年を用いた。各公立小学校の合格者数を集計する。その際、同一人物の複数校合格は除外し、対象校のうち何校に合格しようとも一校分として計算する。1987年のいわゆる「サンデーショック」による大量の複数合格ももちろん同様にして処理している。また居住市区からして明らかに越境入学だと思える場合は、その合格者は除外する。理由はこの調査の争点がその学区に居住可能かどうかであるからだ。小学校のほうが属する管轄署で分類し、署ごとに分類する。つまり合格者ひとりひとりに照準した場合、通学域のほうと全く同じ管轄署で算出されているとは限らない。

管轄署ごとに、合格者数が「男子2名、女子2名以上」であるような公立小学校を抽出し、それらの署域ごとの合計を求める。署域ごとの合計が「男子3名、女子3名以上」になる署のみ、調査対象として抽出する。ただし、神奈川県の栄光とフェリスの判明合格者数が、東京の学校のそれに比べて著しく少ないため、目安として「横浜駅以西」の署域に関しては、「男子2名、女子2名以上」を調査対象というふうに基準を少し切り下げる。この地域はおそらく四谷大塚ではなく「日能研」の特権的なエリアなのだ。

補足として、この時代の四谷大塚進学教室のシステムと、調査目的とのかかわりについて述べよう。四谷大塚進学教室は五年時は違うが、六年生になると「Cコース」という上位生徒用のコースを設け、そこでは「男女比」が推定で「6:1」とか「7:1」程度になり、圧倒的に男子が多い。なおかつ、同じ試験問題を用いている試験であるにもかかわらず、男女別に順位表を作成し、「男子と女子とが同一平面上で比較される」機会が無くなる。なので、このCコースで一年間を過ごすと、「優秀な男子のほうが女子よりも何倍も存在する」ような印象を形成することになり、また、「男子と女子とが直接比較される」機会も無いことになる。なお、修了時に女子生徒は「総代」(卒業証書授与)までしかなることができず、「謝辞を読む」者は必ず男子生徒になる。「男子と女子とが直接比較される」機会を作らないため、このような「不平等」も可能なのである。なので、四谷大塚進学教室で過ごした者に関しては、とりわけ「所属する居住地域や小学校」での「優秀な異性の存在」経験の有無は重要になる。

範域1
  • 東京文京駒込(男3 女3)
  • 東京文京本富士(男26 女30)
  • 東京文京富坂(男7 女9)
  • 東京千代田麹町(男11 女12)
  • 東京新宿牛込(男14 女14)
  • 東京新宿戸塚(男15 女14)
  • 東京文京大塚(男7 女4)
  • 東京豊島巣鴨(男6 女5)
  • 東京豊島目白(男6 女5)
  • 東京練馬練馬(男40 女31)
  • 東京練馬光が丘(男8 女6)
  • 東京板橋志村(男20 女19)
  • 東京練馬石神井(男40 女39)
  • 埼玉朝霞(男11 女11)
  • 東京中野野方(男34 女36)
  • 東京田無(男5 女6)
  • 東京小金井(男9 女13)
  • 東京三鷹(男18 女17)
  • 東京武蔵野(男28 女16)
  • 東京杉並荻窪(男32 女34)
  • 東京杉並杉並(男35 女38)
  • 東京中野中野(男28 女17)
  • 東京新宿新宿(男25 女13)
  • 東京渋谷代々木(男20 女17)
  • 東京世田谷北沢(男39 女27)
  • 東京杉並高井戸(男43 女40)
  • 東京世田谷成城(男28 女34)
  • 東京調布(男10 女12)
  • 神奈川川崎多摩(男9 女6)
  • 神奈川川崎麻生(男12 女12)
  • 東京町田(男33 女27)
  • 神奈川横浜緑(男12 女5)
  • 神奈川横浜旭(男9 女7)
  • 神奈川横浜保土ケ谷(男2 女5)
  • 神奈川横浜青葉(男43 女62)
  • 神奈川川崎宮前(男21 女18)
  • 神奈川横浜都筑(男3 女4)
  • 神奈川横浜港北(男19 女18)
  • 神奈川横浜神奈川(男5 女6)
  • 東京世田谷玉川(男47 女42)
  • 東京世田谷世田谷(男22 女19)
  • 東京渋谷渋谷(男20 女13)
  • 東京渋谷原宿(男7 女5)
  • 東京港赤坂(男16 女14)
  • 東京港麻布(男17 女6)
  • 東京目黒目黒(男48 女38)
  • 東京目黒碑文谷(男23 女25)
  • 東京大田田園調布(男26 女25)
  • 東京大田池上(男20 女17)
  • 東京大田蒲田(男7 女4)
  • 東京大田大森(男6 女9)
  • 東京品川荏原(男8 女9)
  • 東京品川大井(男7 女4)
  • 東京品川大崎(男6 女5)
  • 東京品川品川(男10 女9)
  • 東京港高輪(男17 女17)
範域2
  • 千葉我孫子(男8 女4)
  • 千葉柏(男23 女18)
  • 千葉流山(男5 女7)
範域3
  • 千葉船橋東(男3 女3)
範域4
  • 千葉松戸(男9 女11)
  • 千葉市川(男31 女36)
範域5
  • 千葉浦安(男4 女8)
範域6
  • 埼玉浦和(男9 女6)
範域7
  • 東京足立綾瀬(男4 女5)
範域8
  • 東京墨田本所(男5 女10)
  • 東京江東深川(男3 女6)
  • 東京江東城東(男4 女5)
範域9
  • 神奈川横浜山手(男2 女2)
範域10
  • 神奈川横浜港南(男2 女2)
  • 神奈川横浜栄(男9 女10)
  • 神奈川鎌倉(男3 女2)
範域11
  • 神奈川葉山(男3 女2)

2018-01-15 首都圏における「大卒率×平均寿命」の地域格差の整理

厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健社会統計課による「平成22年市区町村別生命表」(URL)および『【都道府県】貴志原の情報局【市区町村】』「首都圏学歴マップ&ランキング」(URL)に依拠して、首都圏における寿命と大卒率の地域格差を整理しておく。

「住民の寿命が長く大卒率の高い」市区

男性と女性の平均寿命が両方とも、ある程度以上長く、かつ、大卒率がある程度以上高い市区を隣接関係に基づいて分類すると、以下の表のようになる。

範域1
  • 西東京市(大卒率:43.2% 寿命:男80.8歳 女86.8歳)
  • 小平市(大卒率:44.5% 寿命:男80.9 女87.1)
  • 国分寺市(大卒率:51.4% 寿命:男80.8 女87.1)
  • 国立市(大卒率:46.9% 寿命:男80.8 女86.8)
  • 小金井市(大卒率:52.3% 寿命:男81.8 女87.0)
  • 三鷹市(大卒率:43.8% 寿命:男80.6 女87.6)
  • 武蔵野市(大卒率:54.6% 寿命:男80.9 女86.8)
  • 東京都杉並区(大卒率:50.3% 寿命:男81.9 女88.2)
  • 東京都世田谷区(大卒率:51.2% 寿命:男81.2 女87.5)
  • 東京都目黒区(大卒率:50.8% 寿命:男81.5 女87.7)
  • 川崎市多摩区(大卒率:48.1% 寿命:男81.1 女87.5)
  • 川崎市麻生区(大卒率:53.1% 寿命:男81.2 女87.7)
  • 町田市(大卒率:42.7% 寿命:男81.1 女87.1)
  • 多摩市(大卒率:46.0% 寿命:男81.5 女87.2)
  • 横浜市青葉区(大卒率:58.8% 寿命:男81.9 女88.0)
  • 横浜市緑区(大卒率:40.4% 寿命:男80.6 女87.8)
  • 川崎市宮前区(大卒率:48.2% 寿命:男82.1 女87.4)
  • 横浜市都筑区(大卒率:48.5% 寿命:男82.1 女87.5)
  • 横浜市港北区(大卒率:48.8% 寿命:男80.7 女87.1)
範域2
  • 横浜市戸塚区(大卒率:41.3% 寿命:男80.8 女87.3)
  • 横浜市港南区(大卒率:40.4% 寿命:男81.3 女87.0)
  • 横浜市栄区(大卒率:43.2% 寿命:男80.9 女86.9)
  • 横浜市金沢区(大卒率:44.0% 寿命:男81.1 女87.0)
  • 鎌倉市(大卒率:50.6% 寿命:男81.1 女86.9)
  • 藤沢市(大卒率:41.1% 寿命:男80.7 女86.9)

「住民の寿命が短く大卒率の低い」市区

男性と女性の平均寿命が両方とも、ある程度以上短く、かつ、大卒率がある程度以上低い市区を隣接関係に基づいて分類すると、以下の表のようになる。

範域1
  • 鳩ケ谷市(大卒率:22.1% 寿命:男79.0 女85.4)
  • 川口市(大卒率:28.9% 寿命:男79.0 女85.8)
  • 東京都足立区(大卒率:23.8% 寿命:男78.5 女85.4)
  • 東京都墨田区(大卒率:28.5% 寿命:男78.1 女85.7)
  • 東京都江戸川区(大卒率:29.4% 寿命:男78.6 女85.4)
  • 東京都荒川区(大卒率:26.9% 寿命:男77.8 女85.8)
範域2
  • 熊谷市(大卒率:25.8% 寿命:男79.3 女85.2)
  • 行田市(大卒率:22.9% 寿命:男79.1 女85.5)
  • 羽生市(大卒率:21.0% 寿命:男78.7 女85.7)
  • 加須市(大卒率:24.3% 寿命:男79.2 女85.0)
範域3
  • 銚子市(大卒率:12.5% 寿命:男77.8 女84.9)
範域4
  • 八街市(大卒率:19.1% 寿命:男78.7 女85.0)
範域5
  • 市原市(大卒率:23.2% 寿命:男78.9 女85.7)
範域6
  • 勝浦市(大卒率:13.3% 寿命:男79.3 女85.8)
範域7
  • 本庄市(大卒率:22.3% 寿命:男79.0 女85.6)
範域8
  • 秩父市(大卒率:16.4% 寿命:男78.8 女85.1)
範域9
  • 福生市(大卒率:28.8% 寿命:男78.8 女85.8)
範域10
  • 横須賀市(大卒率:27.6% 寿命:男79.4 女85.6)

簡単な総括

きわめて大まかとは言え、住民の大卒率と寿命との「掛け合わせ」で分類しても、一定程度「地理的な隣接関係」を見いだすことができる。もちろん、大卒率のほうの「データ」が町村を扱っていないため限界があるが、それにもかかわらず、というわけだ。このことからも、行政区分とは別に「地形」という自然的要因が、寿命やさらには大卒率にも一定程度影響を与えていることが推察される。もちろん「地形」(≒自然災害リスク)という自然的要因は「地価」にも影響を及ぼすので、そこに介在する要因や条件の一つが「経済的負担」であることは間違いないだろう。

なお、「大卒率は低い」かつ「平均寿命は高い」という市区が一つだけあった。神奈川県綾瀬市である(大卒率:26.4% 寿命:男80.5 女86.9)。この地域の最大の特徴は言うまでもなく「米軍基地」(厚木海軍飛行場)の存在である。この市がなぜ平均寿命が高いのか、平均寿命が高くなりそうな者がわざわざ老後に居住する地として選択するのか、その原因を把握することが地域格差を把握するための一つの方途ではないかと思う。なお筆者の勝手な推断を一つだけ記せば「耳が遠い老人には軍用飛行機の騒音は気にならないので、寿命には影響しにくい」というものだ。これを上回る仮説を打ち出すことが求められると言えるだろう。要するに綾瀬市は自然的要因では快適で健康的なはずの地域なのだが、軍基地の存在によって多くの人にとってはむしろ住むのが不快な地域になってしまっていて、だから大卒率の高い者が敢えてあまり住もうとは思わないが、耳の遠い老人ならば住むのが苦痛ではなく自然環境などもなかなか良い地域である、という仮説なわけだ。


2018-01-13 首都圏における大卒率の地域格差の整理

『【都道府県】貴志原の情報局【市区町村】』「首都圏学歴マップ&ランキング」(URL)に依拠して、首都圏における大卒率の地域格差を整理しておく。これによると、2005年の国勢調査に基づく数値であり、数値の表す内容は2000年のものであるようだ。

以下、首都圏というよりは、東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県の市区から、「上位」と「下位」を抽出し整理する。町村は掲載されていないので含まれない

「大卒率の高い」市区

住民大卒率の高い市区を隣接関係に基づいて分類すると、以下の表のようになる。

範域1
  • 東京都中央区 42.4
  • 東京都千代田区 49.5
  • 東京都文京区 50.6
  • 東京都新宿区 42.6
  • 東京都港区 44.5
  • 東京都渋谷区 47.6
  • 東京都中野区 47.2
  • 東京都練馬区 42.8
  • 東京都杉並区 50.3
  • 東京都目黒区 50.8
  • 東京都世田谷区 51.2
  • 和光市 41.6
  • 西東京市 43.2
  • 小平市 44.5
  • 国分寺市 51.4
  • 国立市 46.9
  • 日野市 43.9
  • 府中市 40.9
  • 小金井市 52.3
  • 三鷹市 43.8
  • 武蔵野市 54.6
  • 調布市 44.3
  • 狛江市 45.2
  • 川崎市多摩区 48.1
  • 川崎市麻生区 53.1
  • 町田市 42.7
  • 多摩市 46.0
  • 横浜市青葉区 58.8
  • 横浜市緑区 40.4
  • 川崎市宮前区 48.2
  • 川崎市高津区 41.6
  • 横浜市都筑区 48.5
  • 横浜市港北区 48.8
  • 川崎市中原区 43.0
範域2
  • 横浜市戸塚区 41.3
  • 横浜市港南区 40.4
  • 横浜市栄区 43.2
  • 横浜市金沢区 44.0
  • 鎌倉市 50.6
  • 逗子市 48.2
  • 藤沢市 41.1
  • 茅ヶ崎市 40.4
範域3
  • 印西市 40.6
  • 我孫子市 42.8
範域4
  • 流山市 40.2
範域5
  • 千葉市美浜区 43.9
  • 習志野市 43.0
範域6
  • 市川市 41.6
  • 浦安市 48.5

「大卒率の低い」市区

住民大卒率の低い市区を隣接関係に基づいて分類すると、以下の表のようになる。

範域1
  • 銚子市 12.5
  • 旭市 13.4
  • 匝瑳市 13.9
  • 香取市 14.6
  • 成田市 29.3
  • 富里市 24.2
  • 八街市 19.1
  • 山武市 17.3
  • 東金市 23.1
範域2
  • 茂原市 24.3
  • 市原市 23.2
  • 袖ヶ浦市 20.2
  • 木更津市 19.2
  • 君津市 15.9
  • 富津市 12.7
  • 鴨川市 16.6
  • 勝浦市 13.3
  • いすみ市 15.8
  • 南房総市 12.1
  • 館山市 16.7
範域3
  • 幸手市 24.5
  • 野田市 25.6
  • 春日部市 29.0
  • さいたま市岩槻区 25.8
  • 吉川市 24.9
  • 三郷市 25.4
  • 八潮市 17.1
  • 草加市 28.5
  • 鳩ヶ谷市 22.1
  • 川口市 28.9
  • 東京都足立区 23.8
  • 東京都葛飾区 27.9
  • 東京都墨田区 28.5
  • 東京都江戸川区 29.4
  • 東京都荒川区 26.9
範域4
  • 本庄市 22.3
  • 深谷市 22.4
  • 熊谷市 25.8
  • 行田市 22.9
  • 羽生市 21.0
  • 加須市 24.3
範域5
  • 秩父市 16.4
  • 飯能市 26.7
  • 日高市 26.5
  • 青梅市 26.5
  • あきる野市 26.7
  • 福生市 28.8
  • 武蔵村山市 23.3
範域6
  • 川崎市川崎区 23.7
  • 川崎市幸区 29.6
範域7
  • 綾瀬市 26.4
範域8
  • 横須賀市 27.6
  • 三浦市 20.1
範域9
  • 小田原市 29.4
  • 南足柄市 26.9

2018-01-09 首都圏における寿命の地域格差の整理(修正あり)

厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健社会統計課による「平成22年市区町村別生命表」(URL)に依拠して、首都圏における寿命の地域格差を整理しておく。

寿命に市区町村による「差」があるとしても、それが格差と呼びうるものかどうかは俄かにはわからない。だが、その差が「経済」や「教育」における地域差や「自然災害リスク」の地域差と連動しているように見えれば、それは格差である疑いが強い。そして、その疑いは直観的には明らかであると言いうるケースがままある。

寿命の地域差と、「自然災害リスク」の地域差が連動しているかどうかの推定は、「同じくらいの寿命」である地域どうしが地理的に隣接しているかどうか、を見ることで、ある程度可能になる。住民の平均寿命が同じくらいの地域どうしが隣接しており、「より広大な地域」を形成している場合、その平均寿命と自然災害リスクとには関係がある、と推定して良い理由になる。

以下、首都圏というよりは、東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県の市区町村から、「上位」と「下位」を抽出し整理する。

「寿命の長い」市区町村

男性と女性の平均寿命が両方とも、ある程度以上「長い」市区町村を隣接関係に基づいて分類すると、以下の表のようになる。

範域1
  • 東久留米市(男81.1 女87.1)
  • 小平市(男80.9 女87.1)
  • 西東京市(男80.8 女86.8)
  • 国立市(男80.8 女86.8)
  • 国分寺市(男80.8 女87.1)
  • 小金井市(男81.8 女87.0)
  • 三鷹市(男80.6 女87.6)
  • 武蔵野市(男80.9 女86.8)
  • 東京都杉並区(男81.9 女88.2)
  • 東京都世田谷区(男81.2 女87.5)
  • 東京都目黒区(男81.5 女87.7)
  • 川崎市多摩区(男81.1 女87.5)
  • 川崎市麻生区(男81.2 女87.7)
  • 川崎市宮前区(男82.1 女87.4)
  • 横浜市青葉区(男81.9 女88.0)
  • 横浜市都筑区(男82.1 女87.5)
  • 横浜市港北区(男80.7 女87.1)
  • 横浜市緑区(男80.6 女87.8)
  • 町田市(男81.1 女87.1)
  • 多摩市(男81.5 女87.2)
  • 相模原市(男80.5 女86.9)
  • 座間市(男80.8 女86.8)
  • 横浜市旭区(男80.6 女87.2)
  • 横浜市戸塚区(男80.8 女87.3)
  • 横浜市港南区(男81.3 女87.0)
  • 横浜市金沢区(男81.1 女87.0)
  • 横浜市栄区(男80.9 女86.9)
  • 鎌倉市(男81.1 女86.9)
  • 横浜市泉区(男80.9 女87.7)
  • 藤沢市(男80.7 女86.9)
  • 綾瀬市(男80.5 女86.9)
範域2
  • 柏市(男80.8 女87.2)
  • 白井市(男80.5 女87.0)
範域3
  • さいたま市浦和区(男80.7 女87.0)
範域4
  • 入間郡三芳町(男80.6 女86.9)
範域5
  • 三浦郡葉山町(男81.0 女87.0)
範域6
  • 足柄上郡開成町(男81.0 女88.1)

「寿命の短い」市区町村

男性と女性の平均寿命が両方とも、ある程度以上「短い」市区町村を隣接関係に基づいて分類すると、以下の表のようになる。

範域1
  • 鳩ケ谷市(男79.0 女85.4)
  • 川口市(男79.0 女85.8)
  • 東京都北区(男79.0 女85.5)
  • 東京都足立区(男78.5 女85.4)
  • 東京都荒川区(男77.8 女85.8)
  • 東京都台東区(男77.9 女85.6)
  • 東京都墨田区(男78.1 女85.7)
  • 東京都江東区(男78.6 女85.4)
  • 東京都江戸川区(男78.6 女85.4)
範域2
  • 熊谷市(男79.3 女85.2)
  • 行田市(男79.1 女85.5)
  • 羽生市(男78.7 女85.7)
  • 加須市(男79.2 女85.0)
  • 東松山市(男79.4 女85.0)
  • 比企郡嵐山町(男78.7 女85.4)
  • 比企郡ときがわ町(男79.4 女85.2)
範域3
  • 本庄市(男79.0 女85.6)
  • 児玉郡美里町(男79.4 女85.7)
  • 児玉郡神川町(男78.7 女85.2)
  • 秩父郡長瀞町(男79.3 女85.7)
  • 秩父郡皆野町(男79.0 女85.3)
  • 秩父市(男78.8 女85.1)
  • 秩父郡横瀬町(男79.4 女85.5)
範域4
  • 西多摩郡瑞穂町(男78.9 女85.8)
  • 福生市(男78.8 女85.8)
範域5
  • 横浜市中区(男77.1 女85.6)
  • 横浜市南区(男78.5 女85.6)
範域6
  • 銚子市(男77.8 女84.9)
範域7
  • 勝浦市(男79.3 女85.8)
範域8
  • 八街市(男78.7 女85.0)
範域9
  • 市原市(男78.9 女85.7)
範域10
  • 大島町(男79.3 女85.7)
範域11
  • 野田市(男78.4 女85.8)
範域12
  • 北本市(男79.3 女85.8)
範域13
  • 西多摩郡檜原村(男79.0 女85.7)
範域14
  • 西多摩郡日の出町(男79.1 女85.1)
範域15
  • 横浜市鶴見区(男78.7 女85.6)
範域16
  • 横須賀市(男79.4 女85.6)


2017-04-30

言語習得のモデル 「いわゆる具体→抽象」ということの実際について

少なくとも次のようなタイプの「習得過程」は理念的には存在する。 「抽象的」とか「理念的」と言われる言語使用の一部はこのタイプに分類される。学者の名前で言えばレイコフあたり。

ただし子供の言語習得は、「具体→抽象」というふうに進行しているとばかりは到底言えない。(むしろ、規範的な言語を否応なしに習得させられ、事後的に価値中立的な言い方を学習することも多い。)

これらを比喩と呼ぶのも保留した方が良い。何が比喩であり何がそうでないかは、比較的どうでも良い。

これらの表現を、受信する立場で理解できるのと、発信する立場になって使いこなすことができるのとは、別次元の能力である。後者に関しては、いわゆるコロケーションを使う能力と同様のものが要求される。つまり、「こういう表現は存在する。こういう表現は存在しない。」という「知識」である。しかし、受信して理解するだけなら、その種の言語知識は無くてもなんとかなることが多い。

  • 「砂糖が甘い。」→「考えが甘い。」
  • 「風船が浮いている。」→「仲間内であの人が浮いている。」
  • 「ヨーグルトには乳酸菌が含まれている。」→「料金には消費税が含まれている。」→「あの人の発言には毒が含まれている。」
  • 「万有引力の法則が働いている。」←「父は商社で働いている。」
  • 「ペットを育てる。」→「アイデアを育てる。」
  • 「自転車を倒す。」→「敵を倒す(斃す)。」
  • 「18は7では割り切れない。」→「割り切れない思いがする。」
  • 「夜風が冷たい。」→「あの人の態度が冷たい。」
  • 「この住宅は土台がしっかりしていない。」→「学生時代の経験を土台にして社会人として生きる。」
  • 「栄養をとる。」→「連絡をとる。」
  • 「都心部に人口が集中する。」←「勉強に集中する。」
  • 「フィリピンはアメリカ合衆国の植民地だった。」→「北里大医学部は慶応義塾大医学部の植民地だ。」
  • 「右の方向にハンドルを切る」→「彼は自分の都合の良い方向に会議を誘導した。」
  • 「マラソンのゴールは○○競技場だ。」→「ゴールの見えない議論にうんざりした。」
  • 「大波が船体を覆した。」→「彼の手法は常識を覆すものだ。」

2017-02-18 見逃されてきた日本語講義の聴解の困難

追記:音声ファイルの「解答」を補足しました。通常の音声での講義にこのような「解答」が提供されることはまずありませんので、特別サービスです。

浅羽通明氏や野村一夫氏が紹介しているように、大学受験での偏差値が高かった者が、大学での文系内容の講義を理解できないという事態はまったくありふれた事態である。そして、彼らのようなタイプの論者は「受験勉強→暗記で済むもの、大学の講義→高度な理解力が必要になるもの」という二項対立でこの事態を処理して、それ以上の追求をしていない。しかしこれは事態をあまりに単純化しすぎている。そこでここではたった一つの点に絞って、問題を提起してみたい。それは「試験は文字の処理能力を要求する/講義は音声の処理能力を要求する」という相違である。つまり、偏差値が高かった者は文字の処理能力が高かったということであり、その彼らが講義内容をよく理解できなかったのは音声の処理能力が低かったということである、と、こういった二項対立で事柄を見てみようというわけだ。

音声言語と文字言語とにはいくつかの重要な相違がある。最大の違いはもちろん、音声はその場では次から次へと消えていくのみであるのに対して、文字はわからなければその場ですぐに、前に遡って読み返すことができることである。その次に重要な相違は、文字には活字があるが音声には活字に匹敵するもの(「活声」)があるとはとても言えない、ということである。つまり、文字言語には活字があるため、相手の字をわざわざ判読する必要にはふつう迫られないが、他方で音声言語の場合、アナウンサーでも声優でもない相手の必ずしも明晰でない音声を、正確に識別しながら聴き取ることはそれ自体がかなり高度な技芸である。あるいは、たとえば音声読み上げソフトの音声は、文字でいう活字に匹敵するような互換性や性能をもつわけではない。そしてまた仮にアナウンサーのように適切な発音や抑揚ができる音声ソフトが今後開発されたとしても、次の点で、文字と音声とは比較にならないほど性能が異なる。すなわち、音声言語では「漢字」「平仮名と片仮名の違い」「句点と読点の違い」「括弧」「段落」などを表すことができない。なので、文字言語でこれらに依存していた表現は、音声だと、たいていの場合聞き手の能力や努力に一方的に依存して、かろうじて伝達されるものとなる。

ここでの音声言語として考慮の対象にしているのは、講義や演説やスピーチのように話者の交代が原則として起こらない言語活動(での音声)である。すなわち、複数名での会話や座談会のような、話者の交代が頻繁に起こりうる言語活動を考慮においたわけではない。ということはつまり、いわゆる会話に見られるような「話者の交代への対策」として採られるような発話上の方策は、考慮に入れる必要がない。たとえば話者交代に備えるための「文法上の崩れ」などは考慮に入れる必要がない。だから、文言としては文字の論文や説明文のようであるのだが、それをたまたま今回は音声で話しているに過ぎない、という文言になっていると解してよいのだ。

ここまでの事柄を考慮に入れると、次の点で、文字での講義録よりも音声での講義のほうが難解になりうる。

まず日本語は述語が文末にほぼ必ず来る言語languageである(諸言語のうちの一つの言語である)。そして文字だと句点があるが、音声にはそれが無い。ということは、一文が完結したかどうかは、文字だとその時点でわかるが、音声の場合「次の文に突入してしばらくしてから」初めて判ることになる。ということは、そこから導出される重大事態としては、こうだ。「文が肯定文だったか否定文だったか」も文字だとしばしば文末で初めて明らかになるが、音声だと「次の文に突入してしばらくしてから」初めて判ることになる、これである。だから音声での講義等を聴く場合は、「次の文に突入した」時点で、聞き手は「一個前の文と今話されつつある文と」二つの情報を同時並行的に処理しなくてはならない。まして、えんえん続いたあげく前の文が否定文だった場合は特になおさらである。

だからたとえば、文の区切りをなるべく早く聞き手に伝えるためには、文頭でできるだけ接続詞を用いるように、話者が心がけるしかない。これなら「次の文の文頭」で「あ、前の文は実は終わっていた」ということがはっきり伝わりうるし、次の文の情報の予告にもなっていて聞く構えもできるから、音声情報の二重処理が少しは楽になる。文字での接続詞は後続する内容の予示の機能だけだが、音声の場合、加えて「そこが文頭であることの告知」機能が重要だ、というわけだ。ただ、接続詞を文頭に使ったほうが親切なのは、何も音声に限ったことではなく、程度の差はあるものの文字でも同じことだ。そして文字でそれを意識的に行なっている者が特に多いとは決して言えないだろう。ならば音声でもおそらく多くないだろうと予測できはする。

文の区切りについて言えることは、段落についてはなおさら言える。つまり、文字の場合と異なり、音声では「改行」も「段落」も示すことはできない。すなわち、それをするためには「今から別の話題に入ります。」とそれ自体一文相当の音声によって、話題の転換を予示することしか手段が無い。

これらの点からだけでも次のことたちが言える。たとえば「わからないところがあったらその場で質問して結構です」と述べる演者が居るものだ。しかしこれを文字通り実行することはなかなか困難だ。少なくとも「わからないと感じた瞬間」に質問を実行することにはリスクがある。というのも、その後に補足説明が後続するのかもしれないからだ。そして、質問したら「そこはこれから説明しようと思っていたところです」などと言われることになるのかもしれないからだ。だがしかし少なくとも、音声での講義には「段落」というものが聞き手にとっては無いので、配布物や画面の文字での補足があるならともかくそれが無い場合、「今が段落の途中なのか段落の終了地点なのか」すら聞き手にわからないことも多い。わからない点についての質問はせめて「段落の終了時点」で行なったほうが安全であると考える者が前記の理由により多いだろうし、そうであれば、このような「その場で質問して結構です」にはあまり意義がないのだ。例外的に、せいぜいその時の音声が聞き取れなかったという場合くらいにしか役立たない。なお、これに関連してこういう場合もあった。ちょうど筆者が「質問しよう」と感じた頃に、講演者が「あ、今している話題はまだ続きます」とたまたま言った。なので、筆者は質問を先延ばしにした。すると、この講演者は何の予告もなくいつの間にか別の話題に突入させていたのだ。つまり演者は「話題の継続」の提示は行なったが「話題の転換」の提示は行なわない、というとてもアドホックで嫌なことを行なったわけである。

あるいは「この講義はノートを取ったりしないで、聴くことに集中してください」という演者が居るものだ。これは能力に因るのかもしれない。しかし少なくとも筆者のようなタイプにはまったく逆効果である。目安としてはこうだ。会話をしている最中に突然話題が転換してしまうこと、というのがままある。そういったときに「そうそうそれでさっきの話題に戻ると…」と言って容易に戻ることのできる人もいれば、そうでない人もいる。筆者はたいがいの場面で後者である。この「転換してしまった話題を前の話題に戻すこと」ができないタイプの人であれば、「聴くことに集中」するためにこそむしろメモやノートを取ることが必要になるものだ。おそらく「ノートを取ったりしないで」と言うような人は、話題が転換したときさっと戻すことのできるタイプなのだろう。ただ世の中にはそうではないタイプの人もいるのである。あるいは、過去の体験を振り返って「誰と楽しく会話した」ということはよく覚えているが「ではどんな会話だったのか」と思い出そうとするとほとんど思い出せない、という人であれば、ノートは無論取ったほうが良い。その一方で、世の中にはその時の会話をありありと想起し再現できるタイプの人もいる。たとえば土屋賢二氏の臨場感あふれるエッセイなどがそんな感じである。おそらく「ノートを取らないほうが聴くことに集中できる」という講演者もそのタイプなのだろう。ただ世の中にはそうでない人もいるのである。

あるいはまたこういうこともある。浅羽通明氏は『大学で何を学ぶか』で大要以下のようなエピソードを紹介していた。こうである。大学の講義で「ふつうはAだと思われているが、実はBなのである」という内容が話された。ところが勤勉なだけで低脳である大学生はその講義を「Aである」とだけ聞き取っていた、馬鹿である、といういものだ。いっけん浅羽氏の述べるような「馬鹿」大学生も居そうに感じられるが、その一方で次のようなことも言える。「Aではなく実はBである」ということが聞き取れるためには、「A」や「B」がきちんとした「始めと終わりをもつまとまり」として聞き取れる必要がある。いつのまにかある話題が開始したり、いつのまにか別の話題に転換していたり、といった、区切りのあやふやな話し方・講義であるなら、そのような論理構造を把握する以前に要素の把握すら困難である。さて、講義者はきちんと話題の区切れ目を明示し接続詞等もきちんと用いていたにもかかわらず、聞き手の大学生の方だけが低脳だったためにそう把握できなかった、ということは浅羽氏の紹介だけでは確信できないはずである。そのことはぜひ言っておきたい。

さてさて、ここまで述べてきた基本問題に加えて、現代日本語というのは、明治の前半頃に先人の努力によって作られた、同音異義語をもつ山のような漢字熟語たちがごく自然に使われている言語なのである。そして、言うまでもないが、講義・講演を行なう者たちが黒板や配布物や画面の文字などでそれら同音異義語を適切に補足解説していることは、きわめてまれなのである。読者のかたもきっとそんな授業や講演などめったに体験したことが無いに違いない。

注意してほしい。述語が文末に来るであるとか同音異義語が大量に存在するであるとか、そういう問題は欧米語にはまったく無関係の問題である。つまり日本語に固有の問題といって良いほどのものなのだ。だから言語学で「音声言語の処理のほうが文字言語の処理より難しい」などという問題意識が取り扱われることは、まずない。あるいは、欧米で社会階層の分断の要因となっているのは、識字能力のほうが圧倒的であり、音声言語が階層を分けるとすれば、せいぜいフランス語のリエゾンの聞き取りか、それも含めて「上流階級のようなきれいな発音であるか/が聴き取れるか/否か」といったタイプの問題しかない。日本の場合であっても筆記試験が社会階層を分ける度合いが高いため、「日本語の聞き取り問題」が社会階層を分断しているという徴候はあまり感じられないだろう。つまり社会学的にも日本語聞き取り問題は扱われにくいわけだ。いずれにせよ、欧米のアカデミシャンが「日本語に特有の聞き取りの困難」を問題として提示してくれることなど期待できないし、それは近似的に云えば、そもそも学問全般が「日本語の聞き取り問題」を扱ってくれることすら期待できないということなのだ。

最後に、筆者が思いつきで作成した「聴解力試験」のような音声データへのリンクを付けておく。ただし、これはまだ思いつき程度であるし、音声ソフトの性能もごく低い。ただ、「聴解力試験」という概念自体が根付き、日本社会に定着していけば、「聴き手の能力向上」以前に「話し手の能力や工夫」のほうを向上できるかもしれない。そのような期待を込めている。

kikitori001.mp3 「解答」


2017-01-31 子供の語彙習得を俯瞰する

この文章は追加修正を予告なく行なうことがありえます。

この文章は、文自体の理解についてまず分類の続編にあたるもので、「文+状況」の全体を考える文の理解について扱っております。

子供の語彙習得について概観を得ておくために、独自見解を中心にまとめておく。さて、語彙の習得は1か0かみたいな話ではなく、終わりのない過程であると言いうるところがある。理由の一つは、日本語自体が日々少しずつ変化しているということである。別の重要な理由としては、語彙を習得するときに「その言い方は誤り」「語のその理解は誤り」という見本があってそれを回避する、という仕方で学習することは少ないというものだ。つまり、誤りに関して「免疫」があまりつかないので、単に「こういう表現もできる」という習得段階にとどまることが多いわけだ。また別の理由(というか事情)として、「他人がその語彙を使っているのを理解できる」段階と「自分がその語彙を使えるようになる」段階との間にも違いがあるし、この二つは一挙には達成されず、前の段階を経て、その後いつの間に後の段階も達成しているという形になることが多い、だからそういうわけで語彙の習得自体はかなり長期にわたった複雑な過程であるだろう…というものがある。このように語彙の習得は考慮すべき事情がいろいろあり、一筋縄では行かない。なのでここでは、最初のまず「他人がその語彙を使っているのを理解できる」という獲得段階にとりわけ関心を払って考えてみる。換言すれば「こういう言い方もできる」ということを言い方自体とともに獲得する段階である。

例を挙げる。「ボールを掴む」「チャンスを掴む」「コツを掴む」という語句の各々において、「掴む」の内容は大きく異なる。とりわけ、これらの語句を獲得する段階の子供の側から見ると、大きく異なると云える。

まず「ボールを掴む」という語句を理解するためには、直示的教示を行なえば良い。つまり、ボールの実物を子供に提示し、それを養育者が実際に手でつかんでみせるということをすれば良い。あるいは、その映像やアニメや絵でも構わない。ここで直示的教示に伴う哲学的懐疑を提案することは、もちろん可能ではある。だが他に方法は無いし、たいていの場合なぜだかこの語彙獲得はうまくいくものなのだ。なお、ここでは「手で掴む」ことに無理のない大きさのボールのみを対象に想定することにする。で、このようなタイプの動作を表す動詞を筆者は「特定動作動詞」と呼んでいる。

なお補足しておくと、「ボールを掴む」という動作は目的をもった活動の過程であり、その続きがあることを示唆することが重要かも知れない。たとえば「ボールを投げる」ための過程として行なわれることを示唆する、ということである。

もう一つ補足しておく。人間のようなものの「動作」を表す「特定動作動詞」と同様の習得を子供がするものとして、物質・物体のようなものの「物理的運動・反応・状態」を表す「特定状態動詞」も想定できる。「物質としての人間」の状態もこちらに含めて良い。習得のしかたのパターンも「特定動作動詞」に準ずる。

次に「チャンスを掴む」という語句の獲得である。「チャンス」というのが物理的状態ではなく、言語的(あるいは規範的)な状態である以上、「チャンスを掴む」というのも物理的な動作の物理的なあり方によって規定されているわけではない。が、かと言って、物理的な身体動作として現出しないというわけでもない。「チャンスを掴む」という語句に対応する物理的身体動作や付随する物質の運動は多くの場合、個々の場面に応じて事後的になら指摘可能である。このようなタイプの動作を呼ぶ語彙を、筆者は「不特定動作動詞」と名づけ、語彙獲得に関わる話題の際に注意を促している。これはつまり、何らかの動作を伴うことはほぼ間違いないが、かと言って動作そのものには別の名前や呼び方があり、その動作の固有性によって呼ばれるわけではない、という、そういう動詞的表現を呼ぶわけだ。かと言って、その動作は動詞内容の単なる手段というわけでもない。つまり、動作が指す状態はあくまで動詞の意味する行為・活動の過程の一部であって、目的に対する手段という位置づけとは異なる。

さて、このような「不特定動作動詞」のような語彙は、直示的教示のような仕方で子供が学習することは決して多くはないだろう。というのも、たとえば「チャンス」が言語的・規範的な対象である以上、「チャンスを掴む」というのも、「これがチャンスを掴むという動作だよ」というふうに教えられるのではなく、むしろ「チャンスを掴もう!」という勧誘文や命令文で最初に学ぶことが多いのだ。要するに学習の場面は、物理や知覚の水準ではなく、文意や規範の水準で行なわれ、それは勧誘・依頼・命令だったりすることも多いわけだ。で、最初に見本を示されて学習する語というのではなく、最初からその語を含む文がブラックボックスとして提示され、「まずは対応せよ」を求められることが少なくないわけだ。あるいはまた、不特定動作動詞は、巧妙なデフォルメをほどこしたアニメやマンガやイラストあるいは文学作品によって学習されることもあるだろう。規範的・言語的な概念なので、記号化した物語のようなものからの方が、「現実の社会的行為」からよりも、的確に習得できる可能性があるのである。

なお、念のため付記しておくと、「チャンスを掴もう」と勧められた場合や「チャンスを掴むぞ」と宣言した場合に、「チャンスを掴む」ための手段としての行為のほうこそを行なうのはむろん適切である。というのも、そもそも実際にチャンスを掴むまでは、何がチャンスを掴む行為であり、何がそのための手段であったかは不確定であり、その区別は事後的なものだからである。

そして次に「コツを掴む」という語句の獲得である。「コツを掴む」という語句は「コツを掴んだ、と当人が信じている」と「第三者が判断してコツを掴んだことになっている」との言わば合成のような語句である。すなわち「当人が信じている」ことと「第三者が判断してそのようになっている」こととが、ともに一定程度満たされていることが必要であるだろう語句である。第三者視点の必要性に関しては先の「不特定動作動詞」と共通なので、この動詞的表現の固有の問題は前者の「当人が信じている」という条件のほうにある。こちらの当人条件が求められるタイプの動詞的表現を「心的動詞」とでも呼んでおく。「心的動詞」の内容は身体動作ではない。また「苦しむ」のように「第三者判断」を要さない心的動詞もある。ただ、とは言え、「信じている」もまた二義的である。一つは「“コツを掴んだ!”という心的印象が生起したことを知っている」という点を満たしている場合がある。もう一つは「“コツを掴んだ”という心的印象の記憶は特に無いが、“コツを掴んだ”状態に自身があるということを当人が信じている」という場合である。いずれにせよ、これらの条件を満たしているかは第三者からは推測はできても観察はできない。身体動作を指すわけではないからだ。したがって他人がこれらを満たしていることを子供が直示によって学習することにも大いに限界がある。と言うか、むしろ直示によっては学習できないし、観察もできないし推測をするしかない、ということをも含めて学習するのこそが正しい学習だと言いうるほどである。そこで他の学習する機会は二パターンあり、一つは自分が当人条件を満たしているときに、養育者が適切な示唆を与えることである。もう一つは、文学作品や体験談あるいは巧妙なマンガ・アニメから「他人の心の中・頭の中の描写」を与えられ、それを通じて学習することである。

これにあと「発文動詞」という筆者の造語した類型を加えておけば、だいたいの動詞的表現はこれまでのどれかに分類できる。「発文動詞」とは言語を(単なる音ではなく)言語として発する、という事態を指すことのできる動詞を指し、その多くは音声言語・文字言語を問わず使うことが可能なため、大まかには「不特定動作動詞」の下位類型としておくのが良いだろう。音声を発するのと文字を書いたり打ったりするのとでは動作がまったく異なるが、行為としては同じようなことをやっている、と言えるからだ。さて、ここでは「発文動詞」は、「発文専用動詞」「発文可能動詞」とを区別せずに扱っている。これらもまた筆者の独自概念だが、前者は言語を発するときに限って適用される動詞であり、後者は言語を発するときに適用してもよい動詞である。子供が語彙を習得する段階ではこの区別は全く不要だが、その後場合によっては必要になることも無いではない。たとえば「顧客の要望にこたえる」は「答える」なのか「応える」なのか表記を区別したほうが良いと考えるときに、この区別がレリバントになっていると言える。「答える」なら発文専用動詞であるが、「応える」ならば発文可能動詞であり、またむしろ不特定動作動詞であるからだ。あるいは「怒る」や「喜ぶ」は、子供が習得するときにはまずは発文動詞として習得するが、その後これらは単なる発文可能動詞だったり、あるいは心的動詞だったりすることが子供の社会化の発達につれてわかってくる。つまり、人は怒ったり喜んだりするとき言語を発するとはまったく限らない、ということを子供は学ぶわけだ。そして、しかし最初は言語を発する場合で学ぶことになることが多い、というわけだ。

「発文動詞」を子供がどのようにして習得するのか、などもちろん推察しかできない。ただ概して言えば、「発文可能動詞」は訓読みをもつものがいくぶん多いのに対して、「発文専用動詞」は「漢字熟語名詞+する」といったものが多い。そのため、子供は「発文可能動詞」を先に獲得し、かなり長じてからようやく「発文専用動詞」を、対応する漢字熟語名詞の獲得後に獲得することになるだろう。―とそのように推察できる。そもそもコミュニケーションを記述描写する語である発文動詞を、自身がコミュニケーションが十全にできないうちに「習得」などできるはずもなく、あるいはまた「初期の獲得」にしてもその「必要性」「緊急性」は比較的低い。ようするにコミュニケーションできるようになることのほうが子供の発達課題であり、それを記述描写できるようになることはそれより以降の課題だと言えるのである。ただしそれは子供の周囲の環境の養育者がきちんと「手加減」できる者である場合に限られる、とは言える。たとえば国語科や作文教室での「マンガ作文」を教える教師がその「きちんとした手加減」ができる定見があるとは全く限らない、とは言える。

そして、動作の不在を示す「無動作動詞」(造語)を以上に加えておくと、筆者の分類の意図がより伝わると思う。以下に大まかな関係図と例を挙げる。ただし現実には、一つの同じ動詞が複数の分類にまたがると言いうる点もあるし、動詞の用法が複数化していることもある。以下はあくまで概要である。要は、子供の語彙獲得が、まず「身体動作と物理状態」の観察から開始するのが容易なはずであり、ではその後にどのような語彙獲得が課題になるのかを示す、という観点からの分類なのである。あるいは、五味太郎氏の絵本『うごきのことば 言葉図鑑( 1)』(amazon)で扱われているのが、主に特定動作動詞と喜怒哀楽(→顔の表情という身体動作に現われている)に関する動詞が中心であり、その他がいくぶんこじつけであるのに対し、その先にある発達課題を提示した一案とも、この文は位置づけられる。

なお、「行く」と「帰る」の違い、「行く」と「来る」の違い、「もらう」と「あげる」の違いなどは、今回考慮に積極的に入れていない。ただしこの区分が自己と他者の区別という規範的なものである以上、これらの動詞は不特定動作動詞に入れるのが適切であるように思う。

  • 特定動作動詞(例:ボールを掴む、歩く、泳ぐ、座る、食べる、見つめる)
    • 特定状態動詞(例:燃える、落ちる、回る、伸びる、太る)
  • 不特定動作動詞(例・チャンスを掴む、調べる、練習する、処分する、まねする、運ぶ、殺す)
    • 無動作動詞(例:怠ける、無視する、沈黙する)
    • 発文可能動詞(例:挨拶する、拒否する、阻止する、対応する、なお、「怒る」「喜ぶ」「悲しむ」「笑う」「驚く」も当初は発文可能動詞として習得され、のちに心的動詞の用法とに分化する、つまり「行為として怒る」と「精神的に怒る」との二用法をもつ二義語となる)
    • 発文専用動詞(例:論じる、返事する、紹介する、ほめる、言及する)
  • 心的動詞(例:コツを掴む、賛成する、好む、想像する、考える、味わう、読む(、見える))

トップ 追記